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ボクココ

サービス開発を成功させるまでの歩み

他人を否定するな。それはその人の価値観である。

昨日と今日で色々と考えさせられて、刺激を受ける機会が多かった。まずはそんなことを言い合える仲間がいることに俺はとても嬉しく思う。そんなこんなで自分なりの結論を下手ながら出してみたので、記し残しておこう。

            • 前までの自分-------

俺ははっきり言って、毎日楽をしてなんとなく過ごしている人に対して理解ができなかった。特に言わせてもらうと俗に言う文系(もちろんそういう人だけじゃないと反論されるだろうが)を嫌っていた。毎日学校へ勉強に行くという目的ではなく、バイトをしたり友達と遊んだりして、最悪には学校にすら行かない羽目になる。しょっちゅう飲み会をして、その会話では異性の話をして盛り上がったり、テレビドラマとかの話しをして盛り上がっている姿を大学生活でしょっちゅう見てきた。「なんて低レベルな会話で何も考えていない人たちなんだ」と心の底からそう思っていた。毎日無意味に遊び続けている人に対して軽蔑の念を持っていた。
彼・彼女らの言いたいことはどうせこうだろう。若いうちにしか遊べないんだから!って。 確かにそういう気軽に楽しむ時間も必要だ。だが、それが若いうちにやるべきことの全てなのだろうか。毎日楽しんでいればそれは慣れが生じて平凡な一日と大して変わらないのではないか?
そう考えながら自分の行動を正当化してきた。

                • 昨日の自分---------

先日の研究室の会話で考えが少し変わった。まずこのような生き方みたいな議論について語り合える仲間がいることに感謝せねば。以下、彼の発言がほとんどだが、自分で考えたこともちらほら。
人にはみんな価値観というものを幼いころから持っていて、相手のことを馬鹿だろうと思ったとしても、それは相手にとっては重要なことなんてのは日常茶飯事。 だから例えば技術者っていうのは技術を学んだ人にしかできない仕事で、技術者同士の会話は本当に楽しいものだ。だが営業に回っていく人間からすれば、我々技術者の話は不可解で何が楽しいのかさっぱり理解できないのだろう。まさに俺が先ほど書いたような軽蔑の目で俺たちを見ているのだろう。
今の俺が営業をやれと言われても彼らのような遊びまくった人間には敵わないだろう。だから人には向き不向きがあって、そういった人間を批判してはならないということを知ることができた。
だから、理想の生き方を決めるのは人それぞれなんだ。

                    • 今日の自分----------

今日は中学時代の友人との飲みを久々に行った。一人は良く会うんだけど、もう一人は成人式以来の再会だ。その内の一人は俺の知り合いにほとんどいないような、夢を語り合える人である。今日もその話題がメインだった。 
そして何よりこの時間は俺にとって最高に楽しい時間だった。お互いの希望に満ちた、意志の感じる熱意。お互いの意見をときにはぶつかり、時には共有していくそのプロセス。彼らも「こういう今後の話をする友達って誰もいないわ」と言っていた。やはりこういうので楽しめる人って言うのは少数派なのかもしれないな。 
確かに異性を追いかけたり、飽きるまでゲームをしたりすることは若いうちの特権であることはもちろん認めるし、俺だって興味はある。でも考えてほしい。 夢を語り合うことも若いうちの特権なのではないか?今後の日本・世界を変えていこうという無謀で、大胆ではあるけれども、そういうことを考えられることこそが若いうちの最大の特権なのではないか? 飲み会を終えて俺はそう思った。
また繰り返すけど、もちろんこれは価値観の問題。俺はこう思っているだけの話。だから押し付けるつもりは全くない。

まだまだ今日のことで書きたい内容はたくさんあるんだけど、最後に来年から行政法人か省庁に行く予定の友人に対して俺は言った。彼は本当に真面目な人間だからわかってくれたかもしれない。
「今の公務員のほとんどは目先の将来のことしか見ていない。それだと達成したとしてもしなかったとしても、大して変わらないことばかりだ。本気で日本を変えるなら、もっと長いスパンで日本を見つめて、その目的に向かってがんばってくれ!」
書いておいて俺何偉そうなこと言ってるんだ、って思ったけど、彼は深くうなずいてくれたからそれでよしとしよう。 これは価値観うんぬんの問題ではなく、誰でも共通で間違っていないことだと思うから。
野望を語り合った仲間が10年後、どのようになっているか楽しみである。まぁ理想通りいかなかったとしても、目指したことに意味があるし、それは決して恥ずかしかったり、後悔するものでもないけどね。