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ボクココ

サービス開発を成功させるまでの歩み

「耳をすませば」の豆知識と考察

もう何度も見てるこの映画。ジブリ映画でも個人的にこれが一番気に入っているのは前にも書いた通り。そんなところで、ちょっとした豆知識的なのをまとめてみようと思う。

映画内の描写から読み取れる想像とかではなく、実際に映し出されたものから考えられることだけを書こうと思う。

各場所の構図

まず月島家は学校から歩いていく距離にあるようだ。そして学校から市の図書館へも歩いて行っている。これは前半部分からわかる。

ただし、市の図書館へ家から直接行くときは電車を使っている。あの有名なネコとの遭遇シーンだ。(ちなみに市の図書員の月島父はそれでも自転車で頑張って通勤している)

雫の友達の原は駅の近くだ。そして学校の近くに告白シーンの神社がある。

天沢家は市の図書館のさらに上。自転車をよく使っていることから、あの自転車で学校へ登校していると思われる。

まとめるとこんな感じ

天沢家

市の図書館       学校        坂          月島家
              神社

坂
                   原田家

杉宮駅-------------------------------------------向原駅

各種のルール破り

割と映画の序盤でルールに逆らう、そんな裏側が見られる。まずは学校の図書館。「図書館では静かに」とあるが、月島と原田は大騒ぎする。まぁこれは周りに人いないからってのもあるだろうけど。そして向原駅付近では「駐車禁止」の所の目の前で自転車が放置されている。そして杉宮駅では「駆け込み乗車はおやめください」とあるが、月島は階段をダッシュで駆け下りる。そして最後に市の図書館では関係者立ち入り禁止のところに堂々と雫は入り込んでいる。

これらの注意書きの多さから割と意図的に仕組んだように見える。何かルールで決まりきった生活へのアンチテーゼのようだ。

映画の日

これは注意深く見ればわかるが、舞台は1994年8月~11月の間の物語のようだ。誠司の帰りを待つカレンダーにその年月日がわかる。映画の最後のシーンでも学校の帰りの翌日だということで、冬休みには入らないけど冬みたいなそんな時期までだろう。

今はもう20年後の世界。果たして雫と聖司は同じ場所で過ごしているのだろうか?

雫の学年順位

途中順位を100番も落としてるじゃない!ということで叱られるシーンがある。よく順位を見てみると、「276人中153位(うる覚え)」くらいだった。元々は50番台だったということでそれなりに雫は頭のよい生徒だったようだ。勉強をほとんどしなくても国語が83点だったということで、国語はかなり得意みたい。そりゃ本をたくさん読んでいればそうなるのかな。反対によくある話だが数学が2学期中間で10点代と悲惨だったようだ。

物語の終盤になってようやく勉強を再開します、と宣言した雫。その頃にはもう期末試験がせまっている時期だろう。うまくやってくれたといいが。

誠司のおじいちゃん

彼は若い頃は相当優秀な人だったのだろう。戦争前にドイツに行けるなんて超数少ないうちの一人だ。そのあとまたドイツに行ったという話もあり、この人は昔いったいどんなことをしていたのか、大変きになるところだ。職人ってだけでその時代ドイツに行けたのか? 音楽家の可能性が今のところ高いが、それならなぜドイツなのかという疑問が新たに生じる。

この映画の魅力

なんでこの映画は何回みても飽きないのだろう。それは、この映画に込められた"自分から動いて自分のやりたいことを突き詰めてやってみよう"というメッセージがとても共感できるからではないかと考えている。

いつも決まったことばかり文句をいう雫の姉や母。電車に群がる人たち。塾に通う生徒。それらは全て雫にとっては正反対のような人たちで、雫は自分で本を20冊読むという目標を立てたり、自分で小説を書くといった、全て自分から沸き起こるモチベーションで物事を行動している。この映画できっと作者は決まりきった生き方ではなく、自分でやりたいことを進む道もあるんだよ、ということを示してくれているのだ。

これは誠司にも同じことが言える。それで雫と誠司のお互いがお互いを尊敬しあい、自分もがんばろうといった気持ちになっている。順位で争う学期テストとは違う本当の意味での高め合いができる間柄なのだ。

なのでこの映画は、塾行って良い大学行って良い企業入って, みたいな人たちには共感しにくい内容だと思う。それを認めたくないといった気持ちもあるだろう。だからこの映画があまりいいように言われなかったりすることもあるのかもしれない。

雫や誠司のような自分の意思で行動する力。それを自分も持ってこれからも生きて行く。そしてちょっと行き詰った時はこの映画を見て、その思いを思い出そうと思う。自分にとって「耳をすませば」はそんな映画だ。