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ボクココ

サービス開発を成功させるまでの歩み

サービスの炎上について思うこと

ども、@kimihom です。

最近はサービス運営やマーケティング手法に関する話の炎上が盛り上がり、ネットがちょっと怖い雰囲気になっている感じがする。それに乗っかるつもりは全くないんだけど、こういう機会じゃないと考えるきっかけも生まれないので素直に思ったことを書くとする。

一斉に叩きが入る世界

何か問題が発覚した時に、今や SNS を中心に一斉に日本中から叩かれるようになってきた。それは一つ、世知辛い世の中になったという側面もあるかもしれないが、これは真面目にやっている人にとっては逆にいい傾向なんだとポジティブに捉えている。

問題になるケースってのは、たいてい自分の利益や名声を優先するあまり、他人に迷惑がかかっている。もしくは不平等が生じている。そして当事者がそれを見て見ぬ振りして、継続されている場合に発生するものだと思うのよね。んでそのちょっとした問題の継続がいつしか誰かによって露呈され、記事がバズって問題が世の中に明るみになるってパターンだ。何かしら自分都合のことだけやり続けていれば、いつか終わりが来るのである。

でもちゃんと真面目にやっている企業にとっては何も恐れる必要がないってわけ。ちゃんとやってれば、「あの会社やサービスはしっかりしている。すごい。」という評判がインターネット中を駆け抜け、愛され続けるサービスや企業ってのが生まれるのだ。

日本は、特に批判的な人格だと言われている。それは別に悪いことじゃないと思うんだよね。良いものは良くて悪いものは悪い。みんながそう思ってやり続けていれば、最終的に良いものだけが残り続けていくんだもの。だからこそ日本は100年も続く企業がたくさんあるし、そこで働く人たちは働きがいを感じ、真面目に長くその会社に勤め続けるのだ。そこに 「Why Japanese people!?」 なんて言われたところで、「あなたにはその信頼関係の大事さがわかってないんでしょうね」っていう答えで終わりだ。その批判的な性格が、日本の企業や文化、サービスをより良くさせているってのは一理あると思うのだ。

もちろん今回炎上したような関係者の方も、別に悪気があったわけではないと思う。薄々そう感じながらも、株主からの徹底した利益追求によって生まれてしまった問題なんだと思う。だからそこの社員を批判してはいけないと私は思っている。批判しなければならないのは利益主義の経営方針であり、それを強く求める株主なんじゃないか。

京都の人から聞いた話

京都市って町がある。歴史ある国日本の中でも、最も由緒のある地であることは誰も疑う余地はないだろう。そんな京都に、私は憧れていた。貴重な文化に触れて、その中で最先端を追いかけるような生活をしてみたいと密かに考えていた。(実は今もかすかに思っている)

そんな折に京都に住んでいた方に聞いたところによると、「あそこはよそのものが住む場所じゃないよ。本当に気難しい人たちばかりだから」と、みんな口を揃えて言うのだ。京都に住むことに憧れている私もそう言われるとちょっと引いてしまった。憧れは憧れのままのほうがいいのかなぁ、と思ってしまったものだ。

これって悪いことなのだろうか?もっとよそ者に優しくするような人たちが増えるべきなのだろうか?私はそうは思わない。 京都のよそ者ではなく、そこに住み続けている人たちをいちばん大切にする文化があるからこそ、京都ってのが今も歴史ある由緒ある地として残り続けているのではないか。そんなことを思ったのだ。

日本人は批判的な人格だからこそ、悪いものは淘汰され、良いものだけが愛され残り続ける。それこそが日本人って感じがするし、その究極が京都に住む方々なんじゃないかな。改めて思うと、京都に住む人たちってすげーなって思う。

んで、これってサービスに通じるものがあるような気がするのよね。

Web でも良いものだけが残り続ける世界を

話を戻そう。今回の話でも、ちょっと周りの人が違和感を感じていたものが明るみになったことで、また一つ日本の Web が明るくなったのではないか。そうして陰で頑張り続けてきた他のサービスが称賛されるような土台が整い始めた。みんなからの批判も受けないような真面目で素敵なサービスであれば、きっとたくさんの人に読まれたり使われたりする Web サイトが頭角を現し、残り続けるだろう。

私はそんな愛され続ける Web サービスって素敵だな、と思う。アメリカンドリームのような一発逆転ホームランではなく、日本の真面目で勤勉で、素直なサービスが残り続ける文化を Web でも再現できたらと、密かに考えている。

そう、これこそが Japanese People だ!