ボクココ

サービス開発を成功させるまでの歩み

日本とシェアリングエコノミー

ども、@kimihom です。

度々どこかのスタートアップ関連の方々が「日本は規制のせいで Airbnb や Uber のような破壊的イノベーションを阻害されている」と不平不満を言うケースをみる。シェアリングエコノミーのサービスを作った経験のある私からの目線で考察する。

日本は改善を繰り返して課題を解決してきた

日本は良い国だ。何か問題が起これば、みんなで解決策を話し合ってより良いものに改善していく。この力は世界的にみても素晴らしいものがあると思う。その一つが「工事」だ。日本ではどこかしらで毎日工事が行われ、道路の整備やビルの建て替えなどひっきりなしに行われている。この工事がうるさく迷惑なものだと考えることもあるかもしれないが、その工事のおかげで日本は常に綺麗で整備された状態を保ち続けることができている。

改善の典型である「工事」のおかげで、日本のインフラはびっくりするほど整備されている。電気、水道、ガス。私は東京に住んでいてこれらで困ったことがほとんどない。それって本当にすごいことだ。

さて、交通に目を向けてみよう。いま、実際に私たちは交通に不便を感じているだろうか?東京にいればいつだって電車やバス、タクシーで好きなところへどこへでもいける。しかも安い。 日本の交通は素晴らしいのである。特にアメリカをみてみると、これらインフラが弱い部分がとても多いことがわかる。ちょっとどこか行きたくても電車は汚いし、タクシードライバーのマナーは悪いし、バスは治安が悪いしで一般的な交通インフラを使いたいと思わなくなるほど荒れてきている。だからこそ、一般人ドライバーが安心や清潔をウリにしてシェアリングエコノミーの Uber のようなサービスが人々に望まれて、生まれるべくして生まれた。つまり日本は破壊的イノベーションが起こそうとする前に、そもそもインフラが素晴らしく整っているので、人々が特別に何かを変えて欲しいと思っていない、現状に満足しているケースがほとんどなのだ。

ここまで書いておいてきっと一つ気づいた方がいると思うが、日本の満員電車問題だけは、マジで解決すべき課題だ。この課題に対するソリューションを提供したスタートアップはめちゃめちゃ大成功するポテンシャルがあると思う。電車以上に安くて正確な移動系アプリ。しかし東京は車の移動もコストが高いし渋滞するわで、最高のソリューションはまだ見つかっていない。考え方を変えてそもそも移動しないってのもあると思うけどね。同じような考え方で高齢化社会、地方過疎化、保育園問題などをうまく解決するシェアリングエコノミーは今後価値あるものとなるだろう。あとは日本の文化に根付いた何かをシェアするサービスも興味深い。

宿泊場所をシェアする文化が日本にそもそもない

海外では、 B&B(Bed and Breakfast) って言葉が昔からあるように、一泊朝食付きの比較的安価なペンションに泊まるって文化が定着していた。Airbnb はそれをインターネットサービスとして手軽に誰もが利用できるようにしたものだと考えている。今までは知り合いづてなどで気軽に提供していた人に対し、知らない人に対してもインターネット上のレビューを通じて信頼できそうな人にまで泊められる人の層を広げた、という意味合いが強い。

さて、そもそも B&B のような文化がなかった日本人が、いきなり Airbnb のようなサービスを使いたいと思うだろうか。他人を家に泊める文化がなかった日本人が、このような宿泊のシェアリングに抵抗を示す人が出てくるのは当然の話だと思う。今盛り上がっている一部の人は、外人向けに提供して小銭稼ぎの副業にするって意味合いが強すぎるように思う。

日本では必要なくても世界では求められる。その時私たちはどうすべきか?

シェアリング系のサービスって特に日本人の間だけではそこまで求められていない。それほどまでにそれぞれのインフラが発展しているのだ。

しかし、海外から日本にやってきた人に対しては、これらの理論は全く通じないのがキモだ。どこの国にでもある Uber や Airbnb の仕組みがなぜ日本にはない?と言われるようになる。そう肌で感じた一部の日本人は、日本の良き文化を無視して、先ほどの「日本の発展の遅さ」にフォーカスして文句を言うようになる。

インバウンドビジネス。私はぶっちゃけインバウンドビジネスはそこまで必要ないと考えている。「郷に入っては郷に従え」だ。日本で Uber がやってなかったら素直に発展した交通網を利用すればいいし、現金主義だったら現金で支払いをすればいい(クレカ流行らないのは多分 Edy や Suica がクレカの役割を果たしてるからってのが一理あると思う)。これを無理に「アメリカではこう言うサービスが常識なのに」みたいな理論ってちょっと違うんじゃないかと思う時がよくある。

日本でも同様の課題があったのなら、そのサービスは流行っているだろう。しかし流行らないってことは日本には素晴らしい代替手段があるのだ。

それでも世界共通にした何かがあれば、世界は便利な世の中にはなるだろう。でも、島国日本だからこそ、日本だけの特別ルール的な、そんなものがあっても面白いんじゃないかな。無理にグローバル化するのではなく、良いものは残し続ける。残すって選択が今後の日本の立ち位置をより高めるために逆に必要なことなんじゃないかなんてことを最近思う。

それは「文化を守る」という言葉に集約される。たくさんの文化を持つ日本は、Zen を初めとして世界から注目されている。この “文化” について、改めて考えてみるのも面白いのではないだろうか。