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熱中と盲目の狭間

ども、@kimihom です。

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友人と話をしていると、ゲームやアニメの話をされることがよくある。その時に私が最近思う、熱中と盲目の狭間について記してみよう。

過去の反省

私自身、以前はゲームやアニメなどの娯楽にどっぷり浸かっていた。娯楽はリアルで起きた辛さだとかを忘れさせてくれて、その世界にのめりこむことができる。

そうした趣味に費やした後で毎回思ってしまうことがあって、「これにかけた時間は自分にとって何の意味があったんだろう」ってことである。その娯楽をしている間は確かに楽しいんだけど、そのあとは単に時間を消費してしまったという消失感で、自分にプラスになる要素が後で出てこないとか、そういうことを考えてしまう。

こんなことを書くと、「全ての行動に意味を持たせるなんておかしい」なんてことを言われる。確かにその通りだけど、例えばアニメとかって24話あるとそれを全て見るってだけで 30分 x 24 = 12時間 が溶けていくわけだ。この盲目となる時間の流れが今の私には無理でそれらに時間を使えない大きな理由となっている。

だから、今では単に気分転換が目的のものは 2,3 時間で終わるようなものにとどめている。映画とかは2時間で完結するのでちょうどいい気分転換だ。

そしてそんな選択を繰り返していると、ある一つのことに気づいてくる。

熱中できるものの存在の尊さ

時間に対しての意識が強くなると、「仕事以外」で熱中できるものってのが減ってくる、むしろ無くなる。

物事ってのは、何をやるにしても時間がかかるものだ。でも、前述の時間の費やし方を気にしだすと、2,3時間で終わる程度の何かっていう基準が邪魔をしてくる。他に新しい趣味を見つけても、それに時間をかけすぎてしまって何も得られないといった虚無感を恐れてしまうようになる。

とりわけ私は何かを始めると熱中してしまいがちな性格であるため、何をやるかってのは慎重に選ぶ必要があるように思う。じゃあ何がいいのかってのは今のところ明確な答えは見つけられていない。今は仕事に絡めた、"本を読む" " 調べ物をする" か、健康目的で体を動かす系にしか選べない状態になりつつある感じがしてきている。こういう状態になると、仕事とは別で熱中している人を見ると、逆にすごいなと思うようになる。

盲目となるリスクを承知した上で(?)、趣味に没頭する。というよりも、そもそもリスクなんて気にせずに気ままにやりたいことをやるってのが正解なんだろうな。どうしても私が学生の頃に没頭したアニメやゲームに対する反省を思い出すと、このリスク思考がいつも邪魔をしてしまう。

とりあえず何にも考えずにやってみる、それが今の私には必要なことなのだろう。

終わりに

何にも気にせずに気ままに趣味を楽しむ。そんなマインドを持つってのが一つ私のチャレンジだ。

もし「こう考えればいいんじゃない」といった意見があれば、教えてくれたら幸いである。