ボクココ

サービス開発を成功させるまでの歩み

正しい記事を公開すること

ども、@kimihom です。

前回書いた記事が特定の方々に意図しない形で伝わってしまったようだ。怒り気味のツイートすらされていたとのこと。「何か内容に問題があるなら記事を直す」と、誠実に私はツイートしたが、何の連絡もこなかった。結局、私の知らない中でその方々のフォロワーに対して記事の批判だけされて、終わってしまった。

私は誤った内容を書いてしまったのかもしれない。でも私にとっては「正しい」と思って書いた記事であり、もし誤りがあれば学んで修正をしていきたいと思っている。

それを単に誤りに対して強い口調で批判して、あとは何もしないって行為に一体何の意味があるのだろう?間違っていると思うなら、本人に直接連絡して修正するように教えることこそ、正しい方向なのではないのだろうか。それで教えていただければ、私は本当に感謝するし、記事を読んだ他の方も正しい知識として理解することができる。そうしたコミュニティとしての活動こそ、みんなが一緒に伸びていける優しい世界になっていくものではないだろうか。そうした意志がなければ、そもそも他人としてスルーすれば良いだけだと思う。

私は単に批判だけするような人間にはなりたくない。そんな思いで今まで色々なコミュニティ活動で発表したり、教えたりしてきた。これから学ぼうとしている方々の参考になるような記事となるように、これからも記事を書き続けていく。

完璧に理解した人だけしか記事を書いてはいけないのか?

私はそうは思わない。

初心者は特にわからない内容や、誤った理解だとしてもブログに書くべきだと思う。そこで読んでくれた方がコメントで教えてくれたり、しばらくして自分で読み返して誤りを見つけることだってあるかもしれない。何も書かないと単に忘れていくだけだし、自分しか見れないノートに書くよりインターネットでみんなと学び合っていく方が良い。

そもそも、全てが正しいなんてことは無理だと思う。誰にとって正しいのか、誰にとって正しくないのか。そんな議論はあってしかるべきだと思う。しかし、それを単に感情的に怒るってのは違う。

終わりに

もちろん、何かしら記事を書けばこうしたネガティブな反応をされることだってあるので、今回の件はもう気にしないということで終わりにしよう。

考えがうまくまとまってないけど、こうして書かない限りはずっと気落ちしてしまうので、短い記事だけど残しておく。

今回のようなことが起こっても、いつかはおおらかに対応できるように。

そうして私はこれからも記事を書き続ける。